ANA国内線【PR】
野生な日々
hakobe7.exblog.jp
トップ
子どもたちのおひなさま
     「3月」とつぶやくと、そのことばの響きに春がやどっている。
      
      早々に、子どもたちのところへ絵本を読みに行った。
     
      保育園の玄関ホールには立派な既成のひな壇が飾ってある。
  
      子どもたちの部屋をのぞくと、彼らの手作りのおひなさまが、
      にぎやかに出迎えてくれる。それぞれの年令が表れていておもしろい。

      ひとりひとり作ったときの思いがあって、「わたしのはこれ」
      「見てみて」「これがぼくのよ」と念入りな解説付き。
      たちまち私も、子どもたちのおひなさまの世界へスリップ イン。

# by hakobe7 | 2012-03-03 13:55 | 子ども時間 | Trackback | Comments(0)
雪の朝

        時告げて「ふるさと」の曲ながれくる 母逝きし日の故郷に聴く
 

# by hakobe7 | 2012-02-20 22:00 | 日々折々 | Trackback | Comments(2)
春隣り
     朝起きて陽が射していると、気分が明るい。
     庭に降り立つとやっぱり、身震いするくらい風は冷たい。
     でも、このところ、からだのことを考えて2日おきくらいに、吉備路周辺をゆ     
     っくりと1時間くらい歩く。

     冬枯れの草叢は、実にかっきりとバリカンをかけたように刈ってある。
     なにもここまで刈りつめなくても・・と思いながら、段差に吹きだまっている
     クヌギの落ち葉をかきわけると、予想どうりセリが新しい芽を出していた。
     畦の傾斜に刈り取りをまぬがれたスイバが、真っ赤な古い葉の中心に緑の新芽を
     立ち上げている。 

     地上の木が、捨てられるものをすべて捨てさって、池のなかにしずかに立って
     いる。とおもったら、川面にさざなみが立ち、水中の梢を揺らした。
   
     
# by hakobe7 | 2012-02-19 16:42 | 里山あそび | Trackback | Comments(0)
オナガガモたち

     先日、十数年ぶりに深山公園に行った。
     ため池の岸辺近くに、たくさんの鴨と二羽の白鳥が寄り集まっていた。
     餌をやってる人がいる。私は餌やりには賛成しないけど、鴨たちがそこを動か     
     ないので、おもいがけずじっくりと羽を見ることができた。
     天然の鴨の羽の美しさ。
     とくにオナガガモのオスの羽の繊細さ。首筋から腹部にかけてグレイのさざな
     みのような羽。茶色のかかった白に縁取られた黒い羽が背から尾に続く。
     それぞれの色の分量がほどよくて、シックに調和している。
     メスのカモは茶系統のグラデーションである。
     絵心があれば絵筆をとりたくなるであろう。

     

     
     


     

     先日テレビで画家・伊藤若冲の「動植綵絵」の特集番組をやっていた。
     見事に描写された群鶏の羽などについて、X線分析による顔料の調査や彩色の
     技法を細密に説明していたっけ。
     でも、なにより私の心に届いたのは、若冲が鶏を描くに当たっては、3年間放     
     し飼いにしてじっくりと観察したということのほうが、さもありなんと思えた。
     くる日もくる日も奔放に動き回る鶏たちのさまざまな姿に「鶏」に対する多く
     の新しい発見をしたにちがいない。

       私も子どもの頃、鶏を飼った思い出がある。
       菜をきざんで米ぬかにまぜた餌をやるのが仕事だった。戦後すぐだから、
       田舎ではおおかたどこの家でも貴重な食料のために鶏を飼っていた。昼は
       そこいらの畑に放し飼いである。時には、けたたましく啼き叫んで鶏同士     
       が飛びかかったり、精力的に土中のみみずなどをほじくる。真っ赤なとさ
       かを左に右に振りながらあたりを睥睨する動きには、目的があり動作にあ
       いまいさがない。
       (わたしは、ときにアルゼンチンタンゴを踊っているカップルが、ステッ
       プの変わりめにタッ、タッ、と頭の角度をきめひきつけて変える動きを見
       ていると、鶏のとさかの動きに似てるなあと思ったりする。・・ま、これ
       は余分)


     それはさておき、若冲は一枚一枚の羽の色あいと、組み合わせの美しさの妙に
     も感じ入り、それらをまとって、どうだといわんばかりに振舞う堂々した鶏の
     動きに魅せられたに違いない。初めは圧倒されつつも、よし、お前たちを描き
     きって見せるとひそかに意を決したのではないかしら。

       
          
              


     わたしは山野を歩きながらさまざまな花たちに出会うたびに、つくづくとその
     花の色、かたちの妙に見とれてしまう。どうしてこんな色が、どうしてこんな
     かたちが、と自然界の造化の神さまのまえには思わずひざまずかずにはいられ
     ない。
     若冲は絵を描くものとして、はじめはその神様のつくり賜いしものにTryして
     みようと思ったのかもしれない。でも10年もの歳月のうちに、若冲は無意識
     のうちに造化の神様とひとつに解け合っていったのではあるまいか。

     5年前京都の相国寺開基足利三代将軍義満公六百年遠忌に際しての「若冲展」     
     を見た。
     「動植綵絵」三十幅と「釈迦三尊像」を間近に見たとき、はじめ、なにか迫り
     来るものに圧倒された。が、繰り返し絵の前にじっとたたずんで見ていると、
     そこには静謐な気が流れていて、自分も描かれている動植物と同じところにい
     るような不思議な感覚にとらわれたことを思い出す。

     
    
                      
          
# by hakobe7 | 2012-02-12 17:48 | 日々折々 | Trackback | Comments(0)
「星」と「風」の神社にお参りした
     2012年を迎えた。
     昨年は、予想もしない体調不良で、気持ちも引きずられダウンした。
     せっかく、fuminさんからブログの手ほどきを受けて、待望のブログ元年
     になりかかったのに、頓挫してしまいほんとに残念。
     秋も過ぎて、気がつくと庭のロウバイの花が、いつのまにか咲いていた。
     冬の陽に黄色く透きとおっている。その花をかばうようにお正月が来ても
     茂ったままだった細長い葉も、今は一枚残らず木の下に重なっている。
  
     

     


     先週、朝の陽が明るくさしたとき、突然今年こそ「元気に」と、沈没して
     いた穴から這い出したくなった。
     初詣など、ほとんどしたことがないのだけど、どこか清しい神社にでもお
     参りしたい気分もある。
     友だちの案内で岡山地区の「星神社」に向かうことになった。
     くねくねとせまいせまい山道を通り真星地区をぬけて「星の広場」にたど
     りついた。
     車から降りるとけっこう風が冷たくて、明るかったお日さまの光も、時おり
     吹きとばされてしまう。粉雪も舞っている。
     ふもとから山頂まではゆっくり歩いて20分ほどか。ヒノキの林にかこま
     れて、ひなびた神社だった。だあれもいない。神さまだけの。
     注連縄(しめなわ)が新しく、真っ白な紙垂が冷たい空気をいっそう引
     き締めている。
     

       

     1200年以上前、突然黒雲降り雷鳴を発し、山中鳴動すること35日、のち
     山上に星のごとく光るものあり陰陽師をして占しむるに,天より三つの星
     三つの巌落ちたり、甕速日之神降臨したまえりと。里人宮を建て祀った。
     と縁起にある。

     本殿裏に巨岩があった。ふーんこれが・・・とながめて薄暗い小道に出ると
     あ、イチゴが、フユイチゴだ。思わずしゃがみこんだが、みまわすと、一面
     のフユイチゴがこっちを向いている。つやのある濃い緑の葉が重なり合い、
     その上にルビーを散らしたようにひかる真っ赤な実。その赤と緑のすばらし
     いこと。Great Harmony!
     北の林を歩くとき出会うこともあるが、新年に出会えるなんて。うれしい。
     ちゃんと、時期をたがえず晩秋に実をつけ、寒の最中に真っ赤に熟してここ
     にいるんだねフユイチゴ!。
     
     

     

     あらためて登ってきた山路をゆっくり下ると、林の中腹には、ヒヨドリジョ
     ウゴやノイバラの赤い実が裸木をかざり、あしもとの下草にはツルリンド
     ウの実がびっしりと実をつけて、からみついていた。
    
     寒いだけの枯野と思っても、野に出るといつもこうして思いもかけず何かしら
     自然からのプレゼントがある。

     かえり道「風神社」にもお参りした。
     吉備中央町の広面地区に位置。山ぎわにひっそりと祀られている。
     狛犬の風格が歴史を語っている。そしてかわいい子連れ。
     拝殿を囲むように天高く伸びる数本の杉の大木が、神社の一角に幽玄の気を与え
     ている。冬の日暮れの早さのせいかしら。
  
     

          
     寒風の林を歩き、ひと気のない星と風の神社にたたずんで、気持ちが鎮もった。
     それに、冬枯れの山に精気を与えていた赤い実たちに、「吉」のおみくじを
     いただいた気分になった。
     
     

          ヒヨドリジョウゴ
     

          ノイバラ     
     

            ツルリンドウ        
     
        
               
               いい一年にしたい。
         

     
# by hakobe7 | 2012-01-23 15:17 | 日々折々 | Trackback | Comments(0)
落日を拾う
     1月、絵本をかかえて岡山県南地域にある保育園へ。

     午前中は、4歳児と5歳児のクラスでそれぞれ1時間過ごす。
     月に一度だから、1時間のあいだに先月以来の出来事や自然界の移り変わ       
     りなど子どもたちといろんな話をする。時には、私の畑で収穫した野菜や
     山歩きの収穫物などを持ち込むこともある。
     実物をみたり、子どもの体験したことを話題にすると、子どもたちは自分
     の話を聞いてもらいたくて仕方がない。
     子どもの話を引き出しながら絵本につなげていくと、絵本のことばが実感
     をともなって受けとめられてくる。
   
     かがく絵本、昔話、日常の生活に即したもの、ファンタジー、ことばあそ
     び、詩などジャンルはいろいろだが、年間を通しての継続だから、子ども
     の姿をみながら絵本を選ぶことが出来る。
     ときに内容が子どもの育ちに対して早すぎたかなと思えることもありだ。
     だから私自身も子どもからたくさんのことを学んでいる。
     午後はそんなことや、なぜ今の時期この本を選んだのかとか、個々の子ど
     もの姿などについても、担任の保育士さんたちと話し合う。

     終わったあとの園長先生こだわり焙煎のコーヒーがおいしい!

     市街地を避けて、いつも高梁川の堤防を通って行き来する。車で50分く
     らい。
     今日はよく晴れた日だったけど北風が冷たかった。
     帰り、ふとバックミラーを見るとわぁすごい、夕日。
     後続の車をやり過ごして、やっと拾った落日。
     満足なしめくくり。

        



       
# by hakobe7 | 2012-01-11 20:31 | 日々折々 | Trackback | Comments(0)
さあ冬野菜の番だ
     10月に入ると気分が忙しい。
     冬野菜の畑のスタートがおくれている。
     通常、ブロコリー、キャベツ、レタスなどは3,4株でまにあうので苗を買う。
     そのほかの春菊、ターサイ、小松菜などの葉のものは種から蒔く。
     せまい借地なので一袋全部は蒔けない。毎年いくらか残ってしまう。
     今年はそれらを整理するつもりで残りものを蒔いた。
     なかには3年前の種もある。
     エイっ 発芽しなくても ダメもと・・・・       
    

       
 
 

    種まきには日めくりカレンダーがたよりである。
    「循環農法」赤峰勝人著 の本だったか、葉ものは満月の3日前くらいに蒔き、     
    根のものは満月の日に蒔けば生長が早いと書いてあった。
    葉のものは3日くらいで発芽するので満月の日が発芽日となる。芽は満月の光に     
    向かって伸びていく。月が地球を一回りする日数、つまり太陰暦で考えると15日    
    間の月の中では、満月の頃が水分も最も多く大地の表面に集まっているときなので   
    発芽に最良の条件になるのだという。
    なるほど。月夜の翌朝は畦を通るだけで足元が露でびっしょりだ。 
   
    というわけで、体育の日の連休に蒔いた。
    雨予報も入っていたので、ごま粒のような種が流れないように不織布をかけておく。          

    土曜日、しっかりと芽が出揃っている。!
    おお、 サンキュウ ありがとね。
    不織布を取り除く。サア、太陽の光をいっぱいあびて大きくなあれ。    
# by hakobe7 | 2011-10-23 13:15 | 家庭菜園 | Trackback | Comments(0)
栗きのこなつはぜむかごうまこゆる
     畑の仕事は、タネを蒔いた葉のものが間引き出来るまで、待てしばし。
     こうなると、もうひとつのそわそわが始まる。
     
     栗は落ちたかな、あけびやがまずみも色づいた頃、それに去年初めて見つけた
     ハタケシメジは今年も出てるかしら。ゴマナやアキノキリンソウ、オケラ、リ
     ンドウは秋の野に花園を作ってるかしら。

     そんなことを思っていた矢先、自他共に認める「きのこ博士」から、きのこが
     届いた。やはりハカセともなれば雨のなかもなんのその。行動あるのみ。
     サクラシメジ、カノシタ、ショウゲンジ、クリフウセンタケ、ウラベニホテイ
     シメジ。
     

     サンキュウ!ありがとう。初めて見るきのこばかり。
     
     きのこ採りも若葉マークのわたし。近場の里山をちょろちょろするだけの私の
     レパートリーは、たかが3,4種類。
     ハタケシメジが加わって大いに満足のわたしなのだ。

     きのこ採りにかんしては親子といえども、場所は秘密らしい。
     わたしなど「まったけ」ではないのに、ハタケシメジでもちょっと内緒にして
     おきたい気分になった。なにせ、見た目に似合わずだんぜんおいしい。
     鍋にてんぷらに煮付けに炒め物、何にしてもしゃきしゃきした歯ごたえがたま
     らない。
     うーん こうしてはいられない。
     

     あったぁ、今年もみーつけ。
     
     栗拾い、落ちたてのぴかぴか。しいの実は吉備路で、なつはぜは、アントシア     
     ニンたっぷりのじゃむ用に。天然むかごのこくのある味は絶品。
     かくして、「天高く~」の仲間でにぎやかに野生の卓を囲んだ。


     かっては(はるか昔か・・)秋がくると なんとなくこの曲をくちずさんでい
     たっけ。
      Smoke gets in your eyes ・・♪

     今はひたすら「味覚の秋」オンリーだが、山野の恵みにしみじみ感謝。
    
     

     しばぐり
     

     栗
     

     しいの実
     

     むかご
     

     なつはぜの実
          
     次第に色づいた木々の下で花たちも袖をひっぱる。
     きれいだよ。
     
   
     こうやぼうき
     

     つるりんどう
     

     おけら

     せんぶり
     
     
     りんどう
     
     野の花を家中に生けて、茹でたしば栗を口にほうばりながら、あきもせず
     ながめている。

        


 
     
                                             

 
# by hakobe7 | 2011-10-16 20:15 | 里山あそび | Trackback | Comments(0)
影とあそんだ
     午後3時をまわってから 近くの土手を散歩した。
     夏に伸びていた草丈は4,50センチはあったろうか。
     それが なんと きれいに刈り取られている!。
     土手の斜面は2,3キロはあると思われるが 見わたすかぎり
     きれいさっぱり。


     河原におりるとその草が直径70センチほどの円筒状にまくら
     れて 5メートルおきくらいに置いてある。
     一見 抱えられそうに思ったが びっしりとまくりこめられて
     いて わたしの力では持ち上がらない。
     相当の重量である。

     
     

     

     周りに誰もいないことをいいことに その草の筒に抱きついたり
     押したり引いたりしていたら わたしの真似をするものがいた。
     あれ おもしろ-い。

     わたしの影あそびはエスカレートしてしまった。




 






 







 
    
   




     わたしを見ていたのは雲と秋の風だけ
     


     考えてみれば 幼少のころ影踏みをして遊んで以来かしら
     
     母の介護の合間 予想もしなかった散歩に。
     影と遊んでいるあいだはなーんにも忘れていた・・かな。              
                    
                     (いなかでのある日)

 
  







































 



    
# by hakobe7 | 2011-10-08 12:35 | 里山あそび | Trackback | Comments(4)
曼珠沙華のうた
     ひがんばなが好きだ。
     お彼岸が近づくころ、田の畦や草むら、土手などにさまざまな高さで茎を伸ばしている。
     やがてつぎつぎと真っ赤に咲くひがんばなを見ると、私のなかに きまってあの調べが
     よみがえってくる。

  
     ♪ ひがんばな ひがんばな
     きょうも たおりに きたわいな
     ごんしゃん ごんしゃん   ラ-ラ ラーララ(ここから歌詞を覚えていない)♪

     この曲をはじめて聞いたとき、たしか私は小学生だったと思うが、何年生だったか記憶
     は定かでない。

     家には箱型の蓄音機があった。ハンドルがついていてそれを回さないと音は出ない。
     鉄の針を盤に下ろしたときの摩擦の音、途中でハンドルの回し方が足りないと、音はへ
     なへなとくず折れていく。回すと音はまた正常な音までよじ登っていく。
     時折パティページの「マイフーリッシュハート」や「テネシーワルツ」がかかっていた。
     蓄音機は二階にあり、私は階段の下でそれらを聞いた。
     
     レコードは父の趣味だったが、10歳年上の姉もよく聞いていたように記憶している。
     父は私たち子どものために、童謡のレコードも集めていた。
     「おさるのかごやだほいさっさ」や「つきのさばくをー」とか「きんらんどんすのおびし
     めながら」と、今でも歌の題名より出だしのメロディと歌詞が口をついて出る。
     
     そんなある日、さんざんレコードと一緒に童謡を歌って、ハンドル回しもいいかげん飽
     きて階下におりかけたとき、この歌が聞こえてきた。
     2回ほど繰り返しかかっていたが、その後もある期間、時々聞いたような気がする。

     短調のわびしげな「ごんしゃん ごんしゃん」の繰り返し、なにより「ひがんばな 
     ひがんばな」の独特の旋律とまるで押さえていた気持ちがほとばしるように続く
     「きょうもたおりにきたわいな」のメロディーが忘れられなかった。
     歌い手は男性だった。


     私が野に咲く「ひがんばな」を意識するようになったのは、成人して20代の後半、
     山野を歩くようになってからだが「わたしのひがんばな」は、あのうら哀しい旋律と対
     になっているので、この時期は何度かわたしのなかであの旋律がリフレインする。

     作詞が北原白秋だということはいつの頃からか知っていた。
     長じて私は自然界の林だけでなく、活字の林にも親しんできた。特に青春時代は「詩」
     にも傾倒した。それなのに何故かきょうまで詩人としての白秋を意識したこともなく
     文字で「ひがんばな」の歌詞をたしかめたこともなかった。

     先日 母の介護の定期便で田舎からこちらに帰る途中、田園は刈り取りを待つ黄金の
     稲穂が、真っ赤なひがんばなにみごとに縁取られていた。
     草叢にぽつんと1,2本咲いている姿もある。

                 
     帰宅して、「白秋の詩集」から「ひがんばな」をさがした。


      
           
               曼珠沙華


     GONSHAN、GONSHAN、何処へゆく、
     赤い、 御墓の曼珠沙華(ひがんばな)、曼珠沙華、
     けふも手折りに来たわいな。

     GONSHAN、GONSHAN、何本か
     地には七本、血のやうに、血のやうに、
     ちやうど、あの児の年の数。
     GONSHAN、GONSHAN、気をつけな。     
     ひとつ摘んでも、日は真昼、日は真昼、
     ひとつあとからまたひらく。

     GONSHAN、GONSHAN、何故(なし)泣くろ。
     何時まで取っても、曼珠沙華、 曼珠沙華、
     恐(こわ)や、赤しや、まだ七つ。

  
     うーん   こんな詩だったのかー。
     黙読  黙読・・・・

      うろ覚えだったところに歌詞をつけて、小さく口ずさんでみた。

 


 


 
  
 
 





 






       
# by hakobe7 | 2011-09-30 16:30 | 里山あそび | Trackback | Comments(0)

< 前のページ   次のページ >